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あばれザルの後悔

今回は書きやすい文体でいきます。

例えば学生時代の友人関係だったり仕事関係だったりと、そういった一部内輪だけで式全体が大盛り上がりして我々をはじめ他グループ全員置いてけぼりという見事な結婚式に遭遇したことがある。

私はというと、プラン的に身内にも他の人達にも全員にまんべんなく気を遣い、式場の人には「新婦が一度もしゃべらないのはちょっと…」と無理矢理台詞を入れられ、披露宴では酔っぱらった旦那と私共通の知り合いが愚行をやらかし、カメラマンが撮った画像はブレやピンボケが半分近くあって金返せ状態だったし、もう散々だった。正直、過去いちばん後悔している。結婚式なんかするもんじゃない。

これはあくまで某人と私の式の違いの話ではあるが、思考の違いの話でもある。某人のように、自分の好き勝手にして良かったのなら私はどういう選択肢を見つけられたのだろう。身内に気を遣わず、呼びたくもなかった友人も呼ばず、変な台詞も言わされず、だとしたらどうなっていたのだろう。

同じ後悔をしないために、葬式のプランは自分で考えようと思う。ちなみに私は、自分の葬式とか死に目には今の家族(旦那と息子たち)以外接触する必要はないと考えている。私は葬式自体が人生の何より苦痛だし、感情を表立って人に見られたくないし、かといって普通を装っているとそれだけで「非情だ」と言われた事もある。だから、余計な確執を生む可能性の高い「葬式」という行事なんかするもんじゃない。まして人を呼ぶなんてもってのほかだ。お経を唱えないと天国へは行けないのだろうか?ならば火葬の前に来てくれるお坊さんにお願いしよう。火葬場に来るのは旦那と息子たちのうち生き残った者か、その者も参加不可なら不可で良い。死んでまで誰かを悲しませる行事を続けるなど私には酷な話だ。

万が一葬式をしなければならない状況になり、我が一族に金があまりにあまっていた場合は、まずすごくオシャンティでインテリアに最適な骨壺を生前に用意。死んだら真っ先に火葬をして(焼き開始ボタンを押すとIKKOの声で「丸焼き~」等の効果音が流れ、焼いている間はDeepPurpleのBurnを大音量で流してもらうように設定)、その後私は頭蓋骨をバキバキにやられすごくオシャンティな骨壺に入り、葬式会場は屋外の結婚式をやるような緑豊かでさわやかなパーティー会場を用意。ドレスコードはアロハシャツ。そうなるとむしろ皆をワイハに連れて行ってそこでやってもいい。身体に良くておいしい食べ物や飲み物を沢山準備し、サンバと北欧メタルを交互に流すのだ。自律神経が整いそうだろう?

死んで墓に入れるとなると相当金がかかるので、骨壺は我が家の棚にずっと飾っておけばいい。生き残った家族が人生に躓いた時にすぐそばにいて話しを聞いてあげられるではないか!超合理的。

「私も参加したい葬式とその後」をテーマに考えると、なんともワクワクする。死んでもなお本当に遺族の傍にいられるんじゃないかと半ば本気で思えてきたりもする。そう考えると、私の最大の心配事である「私が死んだら家族大丈夫かよ問題」もそこまで深い問題ではなくなる。うーんグレイト!

なので、エンディングノートというタイトルはマズい。第二部スターティングスケジュール帳くらいの名称が望ましい。死んだあとの自分の予定を、できるだけ細かく書き込んでおくのだ。1年分ほど書いておけば、遺族もそれを見ながら「今日はあの世でバストアムーブやってんだな」等と想像し、万が一まだ悲しみが残っていたとしても少しは薄れるはずである。無印の手帳でいいだろう。シンプルで何にでも合う。

私はそのうち、同志と集い「あの世手帳」を各自持ち寄ってダメ出しをする会を開きたいと思っている。同志を募集できる規模になるまで、このブログは続けるつもりだ。